今回は前回に引き続き山口県防府市にある「防府市文化財郷土資料館」を訪ねた日の記事になります!「防府の歴史・文化」是非読んでみて下さい。


読んで頂き本当にありがとうございます

今回も前回に引き続き山口県防府市にある「防府市文化財郷土資料館」を訪ねた日の記事になります。

ちょっと駐車場🅿の場所の件で自分が勘違いしていた事もありましたので訂正のお知らせもあります。

ごめんなさい🙇確認してくださいねヘヘヘ😅

今回37投稿目は前回の続きで

「防府市文化財郷土資料館」の常設展示「防府の歴史・文化」(原始・古代から現代まで)の紹介になります。

縄文時代から近現代に至る防府の人々の生活の変遷はどのように移り変わっていったのか…

観覧してみて、とても楽しかったので皆さんに紹介したいと思いました。

よろしくお願いします🙋ハハハ

今週の4コマ漫画「第14話 タツさんはゆく」も読んでみて下さいね

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どき♥土器ハハハ😁防府市文化財郷土資料館

住所:防府市桑山二丁目一番1号

TEL:0835-25-2237

営業時間:9時30分〜17時00分

(入館は16時30分まで)

定休日:月曜日

(月曜日が祝日の場合は翌日が休み)

入館料金:小・中学生 50円  大人 100円

駐車場🅿:無料

駐車場🅿の件で訂正があります。駐車場🅿は2ヶ所ありました。

前回もお知らせした

本館前の駐車場🅿は🚙3〜4台程しか駐車出来ないほど狭いですが

道路を挟んだ向かい側にもう1ヶ所、駐車場🅿がありました。こちらの駐車場🅿は🚙10台くらいは駐車出来ると思います。

交通アクセス:

山陽本線🚃「防府駅」から徒歩🚶で約10分くらいです。

防長交通バス🚌で来られる方は「市役所前」で下車して下さい。


誠にすみません🙇

先ほど書いたようにまずは「防府市文化財郷土資料館」の駐車場🅿の件で訂正があります😅

もう1ヶ所駐車場🅿がある事がわかりましたのでお知らせしたいと思います。

資料館の前の道を挟んだ向こう側に駐車場🅿がもう1ヶ所ありました。

こちらの駐車場🅿の方が広いので駐車しやすいと思います。

(駐車台数🚙10台くらい)

私も今度訪ねる時はこちらに駐車しようと思っています。駐車場🅿は広い場所の方が良いですよね!ハハハ😁♪

☝では話を戻しまして…

前回の投稿の続きで常設展示「防府の歴史・文化」(原始・古代から現代まで)を紹介していきたいと思います

前回は縄文時代の展示物の紹介

縄文土器(深鉢)の欠片)までさせて もらいましたので…

今回は次の時代弥生時代の展示物の紹介からしていきたいと思います🙋。

是非読んでみて下さい


弥生時代

「下右田遺跡」最大の竪穴建物復元模型

この時代ここ防府市には山口県内最大の弥生集落があったそうです。

その場所は右田小学校🏫🎒の周辺

東西約400mの範囲の中に100棟以上の竪穴建物の存在が今までに確認されています。

また

山🗻の上の有力な集落として全国的にも有名な山頂の見張り台

私はここを訪ねるまでこの事は知りませんでしたが…ハハハ😅

「井上山遺跡」(ソラール敷地内)

もこの弥生時代のものだそうです。

住んでいた人は、山の上や斜面に食物の貯蔵庫や住居を作っておいて、ふもとに下りては農作業をするという生活をしていたらしい。

大変だ〜😅

この時代では貴重な鉄製の道具を使う民族でもあったみたいですね〜。

ホ〜知らない事ばかり😅

勉強になるなぁ〜ハハハ😁

☝弥生時代の展示物の中で1番気になったのがコレです!

これ「紡錘車」という糸によりをかける道具だったそうですが真ん中に空いている「穴」を👀見て驚きました😲

この時代にどうやってこんなに「綺麗な穴」を空けたんだろうと…

不思議だ〜😱


次が古墳時代です

これ古墳時代の竪穴建物復元模型ですが…。

弥生時代との変化に気付きましたか?

ハハハ😁偉そうにすみません。)

それは形の変化です。

地面を掘り込んだ平面の形が弥生時代では円形○だったのに古墳時代以降は方形□となっているんだそうです

確かにハハハ😁🎵🎵

また古墳時代後半になると全国的に

「須恵器」

という陶質土器が生産され始めましたがこの事もこの時代に起こった特徴の1つだそうです。

防府市内のこの時代の史跡としては

「国指定史跡の大日古墳石室入口」

「市指定史跡の鋳物師大師塚古墳全景」

などが今でも残っています😁。


次に奈良・平安時代の展示です。

この奈良時代から平安時代前半にかけての時代は中央政府と地方行政が政治・経済の中で密接に結びついていた関係だったそうです。

そこには大量の文書📝が行き交っていました。

これはその奈良時代の頃の文房具だそう。

すずりが面白い形をしていますよね!この時代は円形○が普通だったんですかねぇ〜😁

ハハハ😁まん丸

これは周防国司の帯飾り。

奈良・平安時代の役人が正装した際の着用した牛皮製のベルトはこのような銅や石で加工された帯飾りを装着していたのだそう。

この帯飾りは当時の役人が身に付けていた物で、現在私達が唯一👀目にする事が出来る遺物だそうです。


次には防府市国分寺町にある

国指定の重要文化財

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「周防国分寺金堂」

が紹介されていました。

ここでは周防国分寺金堂の変遷を勉強する事が出来ます。

👀➰👀これは使用されてた瓦の変遷だそう

奈良時代(軒平瓦・軒丸瓦)

室町時代(軒平瓦・軒丸瓦)

江戸時代(軒平瓦・軒丸瓦)

こういうのもなかなか👀見る事は出来ないのでとても面白かったですね😁


☝次が室町時代の展示物です

発掘された瓦質土器が展示されています。

食器の時代ごとの変遷表です

室町時代になると防府市で瓦質土器が生産されるようになったようです👀

土器に足が付いているのが特徴だそう😲


☝次は近世の防府の街道🚶についての展示です

山陽道沿いにあった富海宿の本陣をつとめた石川家(江戸時代)に伝わる文書が多数展示されています。

長い道中は色々な事がやはりあったようで😅その苦労がわかる多くの文書が展示されてます

例えば「川が渡れない😓」など面白かった〜。

当時の苦労を文書から読み取る事が出来ます

行かれたら是非読んでみて下さい😁。


次は防府の塩業に関しての展示です。

防府の沿岸は昔から塩焼きが盛んに行われてきました。

260年に渡って国の塩業を支えた「三田尻塩田」は全国でも有名なんです。

現在でも「三田尻塩田記念産業公園」(登録有形文化財)として残っていますよ。

ここ防府市文化財郷土資料館に展示されているこの模型はなんと昭和天皇への塩田の説明にも使用されたそうですよ。(職員の方が教えてくださいました😁)

防府の塩田の変遷がわかります

これが最初行われていた「揚浜式塩田」塩浜が海面よりも高い場所に作られてました。人が海🌊から海水を直接汲んでは塩浜へ海水を貯めていたので大変な労力でした😅。

「入浜式塩田」の構造の説明

これが「揚浜式」の次に取り入れられた「入浜式塩田」です。入浜式の塩田は潮の干満差を利用して海水を自動的に塩田へ導入する方法で、先程の「揚浜式」に比べて人の労力も少なく大規模な塩の生産が可能になりました😁


☝最後に出土した木製品の保存処理がどれほど大切か、わかる展示がしてあり面白かったので紹介したいと思います。

これは江戸時代の「横櫛」なんですが

「保存処理」を行った物😁

「保存処理」をしてない物😅

ではこんなに差が出てくるそうです。

全然違いますよね😲

情報を損なわない為にも保存処理は本当に大事なんですね〜

保存処理が行われた物としては、こんなに大きな物も展示してありました。

直径80cm以上もあるケヤキの大木です

井戸、集水施設として使用されていた物だそうです。

以上で展示についての説明は終わりになります🙋。

今回は前回の感想でも話しましたが人との出会いの大切さを改めて考えさせられる訪問になりました。

女性職員の方、展示説明までして頂き、本当にありがとうございました🙇

感謝しています

まだまだこれからも山口県の歴史をどんどん勉強していかないとと思っていますハハハ😁日々勉強ですね

また寄らせてもらいますね…

本当にありがとうございました🙋


今週の4コマ漫画

今回の4コマ漫画は

「防府市文化財郷土資料館」で

常設展示の塩田事業のコーナーや、ここに置いてあったパンフレットで「三田尻塩田記念産業公園」の事を勉強している時に

「ふと?」

頭の中へ浮かんだ事を漫画にしてみました。ハハハ😁

ちゃんと勉強しなさい!

最近もテレビ📺をつけると、よく相撲の問題が取り沙汰されていますが

この防府市文化財郷土資料館を子ども達と訪ねた後だと、

もしかしてこんな事も☝指摘されるかなぁ〜

なんて考えてしまいました。ハハハ😅

変な事を考えてすみません😁ヘヘヘ

皆さん塩に限らず生活をしていく上で無駄づかいは出来るだけしないでいきましょうね〜ハハハ😁

最後まで読んで頂きありがとうございました🙇

本当に嬉しいです🙋


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